この記事の構成は以下の通りです。
⑴ 筆者の主張と経験
⑵ 論文を引用した例証
⑶ 引用文献
⑴筆者の主張と経験
「語彙がなければ文章読解ができない」のは当然のことです。このことは、講師として集団授業を重ねるなかで確信しています。また、宿題のお手伝いをなさっている保護者の方からも「うちの子は語彙がないから文章が読めない」という旨のことを何度も聞きました。まずは、このことについて、実際の経験を元にした具体例を一つ提示しようと思います。次の一文を丁寧に読んでみてください。
大学院での厳しい課程をこなし、ふるいにかけられた者だけが大学教授のポストを得られるので
ある。
大人であればすぐに意味が分かると思います。大きく言い換えれば、「大学院での難しい勉強や研究をこなし、多くの中から選ばれたものだけが大学教授の仕事を得られる」くらいでしょう。しかし、「大学院」「課程」「ふるいにかけられた」「ポストを得られる」といった馴染みのない表現があって、この一文の意味が分からない生徒もたくさんいます。もちろん、前後の文脈から意味を補いながら読み進めていくわけですが、それも完璧ではありません。そもそも知らない言葉が多すぎると意味を補うためのヒントも少ないので、文章そのものが全く分からなかったという感想もよく聞きます (特に宗教・哲学・科学などがテーマの文章は読みにくいことが多いようです)。一文が読めないのに、文の集まりである文章を読みこなせないのはある種当然のことだと言えるでしょう。
⑵ 論文を引用した例証
文章読解において語彙の多さは重要であるということについて、次は客観的データに基づいて考えていきたいと思います。以下の引用では、専門用語が出てきて読みにくいかと思われますが、かみくだいた説明も試みていますので、辛抱強くお読みください。
小森他 (2004) の論文では、日本語を学習している外国の方を対象として、約1400字の文章を読んでもらい、既知語 (知っていた言葉) と文章理解の関係を調べています。結果は、「既知語率と文章理解課題の間に強い正の相関」があり「r = .70」もありました(小森他, 2004)。これはつまり、文章中の言葉の意味をたくさん知っていれば知っているほど、文章理解を測る課題をたくさん解けたということです。(「r」は相関係数といって、二者の関係の方向や強さを表すものです。説明に紙面を要するのでここでは割愛します。)
さらに小森他 (2004) では、「文章理解を促進する既知語率の閾値は96%程度であった」ともあります。これはつまり、実験で用いられた文章においては、文章に出てくる言葉を95%知っていた人と96%以上知っていた人の文章理解に差がありそうだということです。
もちろん、外国語を学ぶのと小学生が国語の文章読解をするのとでは文脈が大きく違うので、そのまま適応することはできません。しかし、語彙と文章理解の関係について、示唆に富む論文だと思います。
また、読書量と語彙力・文章理解力の関係を調査した猪原他 (2015) によると、「語彙力と文章理解力の相関係数は, どの学年層でも高い値を示したが、係数自体は学年が進むにつれて徐々に下がる傾向が見られた (1・2年 : r = 79 ; 3・4年 : r = .70 ; 5・6年 : r = .66)。」とあります。これはつまり、語彙が多い生徒ほど文章理解力も高いが、高学年になると語彙だけで文章理解力を予想する力は弱くなるということです。
(これは筆者の意見になりますが、低学年のうちは文章の語彙が分かって文章を理解することさえできれば点数が取りやすい傾向にあります。一方高学年になると、文章が読めても問題が解けないということが多く出てきます。この傾向が、学年が進むにつれて語彙の説明力が弱くなることを説明しているのだと思います。)
以上のように、高学年になれば語彙だけあればよいというわけではないという条件付きではありますが、「語彙があった方が文章読解がしやすい」というのは確からしいことだと思われます。塾では色んな先生が口を揃える当たり前のことではありますが、客観的データも提示されると真実味が増してくるのではないでしょうか。
漢字や熟語、ことわざ・慣用句、和語など、語彙の宿題や勉強は面倒かもしれませんが、決して軽視せずに日々勉強を進めていく必要がありそうです。また、いわゆる語彙の勉強ではなく、読書をするなど、日々文章に触れられるとよいでしょう。読書の効果については、また後日まとめようと思っています。
後に引用文献を記します。統計などの知識がないと読めない部分も多くありますが、非常に興味深い論文ですので、気になる方はインターネットで検索してみてください。
⑶ 引用文献
猪原 敬介・上田 紋佳・塩谷 京子・小谷内 秀和 (2015). 複数の読書量推定指標
と語彙力・文章理解力との関係 ——日本人小学校児童への横断的調査による
検討—— 教育心理学研究, 63(3), 254-266. https://doi.org/10.5926/jjep.
63.254
小森 和子・三國 純子・近藤 安月子 (2004). 文章理解を促進する語彙知識の量的
側面―—既知語率の閾値探索の試み—— 日本語教育, 120, 83-92.